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── 日本のDMOを支えるすべての方へ ──

あなたは、旅に何を求めているか。

エモーショナルに観光の未来を創るために、かながわ西からの問いかけ

あなたが、忘れられない旅がある。

それはなぜか、うまく説明できないかもしれない。景色が特別だったわけでも、食事が高級だったわけでもない。ただ、あの瞬間、心が動いた。それだけのことが、何年経っても消えずにいる。

旅の本質は、ずっとそこにある。

 

江戸の人々は、一生に一度の伊勢参りに向けて、何年も前から銭を貯めた。富士講の人々は、白装束に身を包み、夜明け前から霊峰を目指して歩いた。スマートフォンも、新幹線も、観光統計もなかった時代に、人々はただ「行かずにはいられない」という心の動きだけで、何百里もの道を旅した。

旅を動かしていたのは、データではなかった。魂が呼ばれる感覚、祈りにも似た憧れ、そして帰ってきたとき誰かに語りたくてたまらない体験──それが日本の旅の原点だ。

私たちは、その原点を忘れていないか。

 

問一 私たちは、何を数えてきたのか

入込観光客数。観光消費単価。前年比達成率。

日本中のDMOが、この数字を追いかけてきた。計画を立て、測定し、報告書にまとめ、また次の計画を立てる。その繰り返しの中で、私たちはある問いを置き去りにしてきた。

その数字は、本当に地域の努力を映しているのか。

コロナ禍には来訪者がゼロに近づいた。台風が来れば計画は白紙になった。円安になればインバウンドが急増し、世界情勢が変わればガソリンが高騰し、旅行者の動向は一夜にして変わった。計画通りではないことが、今や普通になっている。

曖昧なベースの上に積み上げた数字の増減に、地域のすべての力を注いでいていいのか。まず、そこを問い直したい。

 

問二 PDCAで、旅人の心は動かせるか

製造業の現場で生まれたPDCAは、安定した環境で繰り返し改善するための道具だ。しかし旅人の心は、工場のラインを流れてはいない。

感動は、計画通りに起きるのか。

「なぜあの旅が忘れられないのか」を、KPIの表は説明してくれない。宿のおかみさんのひと言、霧の中に浮かんだ鳥居、見知らぬ人と分け合った傘──そういうものが人を動かす。そしてその人は、誰かに話さずにはいられなくなる。

事務的な管理が目的化したとき、DMOはその存在理由を失う。私たちはそのことに、もう気づいている。

 

問三 旅は、誰のためのものか

スマートフォンを持ち、AIが情報を瞬時に届ける今、旅の在り方が変わった。目の前の景色より、画面の見栄えを気にする。感動するより先に、どう見せるかを考える。

あなたは今、自分のために旅をしているか。

本来、旅とは自分の心のためにするものだった。新しい靴を買い、地図帳を開き、その土地の本を探す。準備する日々のわくわく、帰り道のお土産の重さ、早く誰かに話したくてたまらないあの感覚。それが旅だった。

伊勢参りの道中、人々は見知らぬ者同士で語り合い、飯を分け合い、励まし合った。富士講の頂で手を合わせた瞬間の感動を、村に帰って何度も語り継いだ。旅は個人の体験でありながら、共同体の記憶になっていった。その豊かさは、消費額では測れない。

デジタルが届かないものを、地域は持っている。人が実際にその土地へ赴き、風を感じ、知らない道を歩き、地元の人と言葉を交わす体験の価値は、今この時代にこそ、かえって高まっている。

 

問四 DMOは、何のために存在するのか

それぞれの土地に、それぞれの美しさがある。それぞれの人に、その人だけの魅力がある。

箱根の霧は箱根にしかなく、あしがら灯りの祭典の光は足柄の山里にしかない。湯河原のせせらぎ、真鶴の磯の風、酒匂川の桜並木、丹沢の静寂。これらは数字に換算できない。しかし確かにそこにあり、人の心を動かす。

私たちの仕事は、その感動を届けることではないか。

数字の増減に一喜一憂することではなく、その土地が持つ固有の魅力を見つけ、磨き、伝え、訪れた人が「心豊かになって帰る」場をつくること。地域の物語を編集し、人と土地をつなぐこと。それがDMOの本来の仕事であるはずだ。

幻想の数字を追うことをやめたとき、私たちは初めて、本当にやるべきことが見えてくる。

 

 

エモーショナルに、観光の未来を創る。

かながわ西観光コンベンション・ビューローは、この問いを携えて、2026年の活動に臨む。それぞれの土地の美しさを、それぞれの人の魅力を、それぞれの旅の感動を──地域がつながり、その土地に生きる人々の地元への愛で、届けていく。
これは提言であり、私たち自身への問いかけでもある

 

全国のDMOで、地域の観光を支えているみなさんへ。
日々、数字と報告書と計画書に追われながら、それでも「本当はこうじゃないはずだ」と思い続けている方が、きっといると思う。入込客数が増えても何かが満たされない感覚、PDCAを回すたびに遠ざかっていくような焦り、地域の魅力を数値に変換することへの違和感──その感覚は、正しい。
旅の本質は、江戸の昔も令和の今も変わらない。人の心が動いたかどうか、それだけだ。
私たちかながわ西観光コンベンション・ビューローは、この提言に共感してくださるDMO、観光関係者、地域で旅の価値を守ろうとしているすべての方々との連帯を求めたい。北海道から沖縄まで、それぞれの土地にそれぞれの美しさがある。その美しさを一番よく知っているのは、そこに暮らす人たちだ。地域がつながり、地元を愛する人々の思いが重なるとき、観光の力は、迎える人の誇りと訪れる人の感動が出会う瞬間に生まれる。感動を持ち帰った旅人が語り、また誰かを呼び寄せる。その連鎖こそが、日本の旅が古来持ち続けてきた、本当の力だ。その未来を、ともに創れないか。
あなたの地域の旅は、人の心を動かしているか。
もしこの問いに「そうありたい」と思ってくださるなら、ぜひ声を聞かせてほしい。かながわ西から、日本の観光を新しく活かす対話を始めたい。


         かながわ西観光コンベンション・ビューロー(KCVB) 2026年

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